おばちゃん、俺はこの鉛筆見るとな、 お袋(ふくろ)のことを思い出してしょうがねえんだい。 第47作『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』から 第47作『拝啓車寅次郎様』で満男(吉岡秀隆)は大学を卒業し、靴メーカーの営業マンとして就職します。久しぶりに帰ってきた寅さんを囲んでの茶の間のひととき、「仕事は面白いか?」と寅さんに聞かれた満男は、不平不満をこぼします。 それを聞いた寅さんは「勝負してみるか」と、机の上にあった鉛筆を「俺に売ってみな」と満男に差し出します。何十年もの長い間、口八丁で啖呵売(たんかばい)をしてきた渡世人の寅さんが、社会人一年生の満男に、セールスの極意を教えようというのです。 ところが押しの弱い満男は、うまくできません。そこで寅さんは、満男にではなく「この鉛筆を見るとな、お袋のことを思い出してしょうがねえんだい」とおばちゃんに語りかけます。 不器用だった寅さんは、鉛筆がうまく削れず、夜、お母さんが、鉛筆を削ってくれた思い出を話しだします。かつて学用品だった折りたたみ式のナイフ肥後守(ひごのかみ)で鉛筆の先を削ると「削りカスが火鉢の中に入って、プーンといい香りがしてな」と、それこそ匂い立つような情景描写をまじえて、語ります。寅さんの少年時代が目の前に広がるようです。「寅さんのアリア」と呼ばれる、渥美さんの話芸が光る一人語りは、見せ場の一つです。 ろくに勉強はしなかったけど鉛筆は短くなる「その分だけ頭が良くなったような気がしてな」。その寅さんのことばに、さくらも博も、おいちゃんも、ものを大切にしていた昔に思いをはせます。 寅さんは、父親が芸者に産ませた子です。いわばなさぬ仲の息子である寅さんを優しく育ててくれたお母さんへの思いにあふれる名場面です。それを語る寅さんの名調子には、誰もが引き込まれてしまいます。 そこですかさず寅さんは満男に、まことしやかに「デパートでお願いすると、これ一本60円はする品物だよ、でもちょっと削ってあるからね、30円でいい」思わず満男はお金を出そうとします。 これぞ寅さんの真骨頂、長年の旅暮らしで身につけてきた商売の極意です。渥美清さんの話芸にほれぼれしながら、寅さんのそれまでの人生が垣間見える、そんなアリアなのです。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |