第二章 気づかせること 伝えるのはひとつのこと 超マイナス思考人間の私でも、実際に戦う場に投げ込まれれば、覚悟を決めなくてはならない。 リーダーの仕事とは何かを考えていくと、「決めること」と「伝えること」だといえる。どんなチームにも、転機となる瞬間がある。その時に、正しい方向性を伝えることができるかどうかが、チームの分岐点になる。 「アテネ五輪に向けても、ターニングポイントとなった一日があった。アジア野球選手権を前にした日本代表は予選前、前述した最後の壮行試合で若手中心のプロ野球選抜チームに敗れた。勝って気持ち良く予選に臨むはずが、まさかの敗戦だった。すると、翌日からチーム内の雰囲気が一変していた。 それまではどこか真剣みに欠けた、オールスターに似た雰囲気だった。ロッカールームでも笑い声が起こっていたのだが、その日を境に選手の表情から余裕が消え、重い空気が漂っていた、たとえオールプロのメンバーでも、格下相手に負けることがある。代表の試合は一発勝負なんだと、身をもって痛感できたからだ。 それまで、高木豊コーチから「まだミーティングはやらないのか」と再三急かされていたのだが、「まだやりません」と答えていた。あまり早くに「ミーティングしても、しょうがないと思っていたからだ。 この敗戦の翌日、札幌で選手だけのミーティングを開いた。伝えたかったのは「結果があってこそのプロセス」ということだった。 「これからの戦いで『一生懸命やって負けたのなら仕方がない』という考えは捨ててくれ。求められているのはプロセスではなく、結果だ」 私自身、結果よりプロセスが大事だと考えている。プロセスを積み重ねることが、結果につながる。野球は相手のあるスポーツで、結果は自分でコントロールすることはできないが、プロセスはある程度コントロールすることができる。試合までにどれだけの準備をできるのかが、プロ野球選手として問われる部分だと思ってきたからだ。 だが、長いシーズンとは違って、一発勝負の日本代表での試合は違う。初めてのオールプロということで、国中から結果が求められている。周囲は結果が伴った時にしか、プロセスを見てくれない。 「これはどんなことがあっても勝たなければいけない戦いだ」。どんなに泥臭くてもいいから、与えられた使命を果たそう」 結果があってこそのプロセス。勝てばそれまでのプロセスが評価されるが、負ければ日本国中から批判を受けることになる。どんな形でもいいから、予選の三試合を勝つことがすべてだと伝えたかった。 私は代表の試合では、試合に出なくてもいいと思っていた。自分が出場しないことでチームの勝つ可能性が高まるのであれば、それでいい。少しでも「自分のためと」という気持ちがあれば、代表というチームではやっていけない。もちろん、代表のチームには年齢の差もあるし、全員が全員、本当に同じ気持ちを持つことは難しいとも感じていた。 そうした日本代表の中に、国際大会の経験を伝えられる選手がいたのは大きかった。プロに入って国際大会に経験のある選手は、そう簡単に国際大会は勝ち抜けないということが身に染みて分かっている。 松坂大輔と高橋由伸には、自身の経験を話してもらうことにした。松坂は2000年のシドニー五輪に出場した。高橋には2001年にIBAFワールドカップを戦った経験があるからだ。 国際試合は一発勝負だから、実力通りに勝てる保証はない。相手もデータの少ないピッチャーが投げるから、格下相手でも打線が抑えられることが考えられる。そんななかで先に点を取られると想像以上の焦りが出てくることもある。 プロ野球選手として、誰もがその実力を認める二人の実体験は、想像以上に説得力があった。二人の話を聞きながら、チームの緊張感が高まってくるのを感じていた。 五輪の歴史、アマチュア選手がどのような気持ちで我々を送り出してくれたか。ここ一番で勝負を分けるのは、技術を超えた代表としての誇りであり、重みだ。 キャプテンとして計算したわけではなかったのだが、このミーティングを境にチームにまとまりが生まれたのを感じていた。もともと、各チームの中心選手が集まった大人のチームだ。目標がはっきりしたことで、違う方向を向く選手もいなかった。それぞれが役割に徹し、アジア野球選手権では中国、台湾、韓国に三連勝することができた。 リーダーには、チームの方向性を示さなければいけない時がある。その際に多くを語る必要はないと思っている。とにかく勝つことだけ。どんなに泥臭くてもいいから与えられた使命を果たそうと言った。それは、技術や経験を備えた代表チームだからこそできることでもあった。 × × 誤字脱字写し間違いあります。 |