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2014年08月23日(土) 

特亜三国(日本・韓国・中国)の言語には時制がない。
時制がなければ、現実のみを表現できる。
時制があれば、現実 (現在)と非現実 (過去・現在・未来)を表現できる。
'人は生まれながらにして平等である' は、現在時制の非現実、'人間万事不平等' は、現在時制の現実である。
現実を 'あるべき姿' (非現実)に近づける努力をかさねれば、我々は人間性を表現できる。夢も希望もある。
'あるべき姿' を持っていなければ、アニマル風に自然の生活を続けることになる。

非現実の世界の内容は、大同になる。
現実の世界の内容は、小異である。


閲覧数514 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/08/23 09:22
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2014年08月19日(火) 
序列社会に生きる人間にとって、一番ほしいものは、他人から・外国人からの尊敬である。どのようなところに、尊敬はあるのか。我々の日夜の努力は、間違っていないのか。

私が、子供のころ遊んだカルタに、'工夫をすれば何でもできる' というのがあったが、日本人の頭の使いようは、まさにこの '工夫' の段階にある。こうした現実次元の努力からは、創造の成果は出てこない。工夫の励みは、仲間内の序列競争の域のとどまる。工夫は金儲けにはつながるが、尊敬・敬虔の対象からは離れている。

我々には、非現実の内容を考えに持つこと必要である。非現実の内容を実現することに

閲覧数1328 カテゴリ日記 コメント4 投稿日時2014/08/19 10:03
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2014年08月10日(日) 


国費留学生に 'どうして留学先に日本を選んだのか' と尋ねると、'はじめはアメリカに行きたかったのだが、日本で金を呉れるというので日本に来た' と答える。残念ではあるが、これは正直な答えのように思える。
文化国家日本の水準はどの程度のものか。先進国相互の交換留学の結果はどのようなものになるのか。無哲学・能天気の国にきて、英米流の教育を受ける事は難しい。だから、来日の目的は、アフリカ探検と同じく、事実の収拾だけになる。事実に基づいて自己の考え (非現実の内容)を展開すれば、それは学問となる。だが、それは我が国の特技ではない。

閲覧数627 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/08/10 03:49
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2014年08月04日(月) 

我が国の政治家は結党と解党を熱心に繰り返している。じつに忙しそうだ。これが政治家の使命というものか。政治家は、説得力を磨くことに力を尽くさなくてはならない。議員が他の議員に説得力を持たないならば、一人一派と言うことになる。これでは政党政治は成り立たない。
政治家は、自国のみならず、他国の政治家にも説得力を持っていなくてはならない。他党、国内のみならず、他国をもまきこんだ政治力の結集を未来社会(非現実)の建設に必要としているのである。議論が得意でないので、同僚の国会議員にたいしても説得を図れないのであろう。やってもむだなので


閲覧数1274 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/08/04 14:31
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2014年08月03日(日) 

日本語には時制がないが、英語にはある。日本人は時制のない考え方をするが、英米人は時制のある考え方をしている。だから、考え方は同じでないが、これが英文和訳の役割の限界である。せっかくの、西洋文明の取入れも、この限界のために我々のメンタリティの改善にはつながらない。
時制のある考え方では、現在は、過去や未来とは別の世界になる。過去の内容は自己の個人的考察により、先へ先へとどこまでも展開してゆくことができる。文章があるので意味もあり、矛盾も指摘できるので、理詰めの議論が可能である。このことは、未来の内容についても、いえることであ


閲覧数879 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/08/03 10:18
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2014年07月31日(木) 

すべての考えは、文章になる。文章にならないものは、考えではない。
未来時制の文章は、未来の内容を表している。未来時制の文章にならないものは、未来に関する考えではない。文章にならないものは夢となる。日本人の夢は、英米人の夢と違って、見ることはできても、触ることのできないものである。彼らの夢は、考えそのものである。
過去時制の文章は、過去の内容を表している。過去時制の文章にならないものは、過去に関する考えではない。文章にならないものは幻となる。
時制のない文章は、現在の内容を表している。目先、手先の考えをも示している。だが


閲覧数663 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/07/31 02:34
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2014年07月22日(火) 




我々日本人のメンタリティを改善するには、以下の5つの観点からの考慮が必要である。

○まず、文章を作れ。
文章があれば意味もある。矛盾があれば、それを指摘できる。
矛盾を排除することにより、正しい考え方が得られる。
すべての考えは文章になる。文章にならないものは考えではない。歌詠みか。

司馬遼太郎は、<十六の話>に納められた「なによりも国語」の中で、片言隻句でない文章の重要性を強調している。
「国語力を養う基本は、いかなる場合でも、『文章にして語れ』ということである。水、といえば水をもってきても


閲覧数1038 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/07/22 11:37
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2014年07月19日(土) 

暗記力ばかりを働かせて、頭でっかちになる。西洋文化に由来した単語ばかりが増えて収拾がつかなくなる。過不足のない統一された非現実の世界を脳裏に構築できない。ああ言えばこう言うといった議論をする。思慮深さがない。教養が身につかないのである。現在時制には、現実と非現実が考えられるが、その理解も難しい。現実は現実で、非現実は非現実として、統一ある過不足のない世界を頭の中に作り上げることが難しい。

非現実の内容から矛盾の除去できないので、理想は空想になる。頭の中は、空理・空論で一杯になっている。だから、頭でっかちである。実のある


閲覧数662 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/07/19 09:51
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2014年07月11日(金) 

結論からすれば、否である。
現在の世界は過不足なく、成り立っている。過去の世界も過不足なく成り立っている。
日本人の言う過去は過去ではなくて、実は現在完了のことである。現在完了は、現在の世界の中に存在する。
現在の世界は、目の前で千変万化して疾く風化する。
だが、過去は非現実の内容であるから、よく考えた末の結論であり、たやすく風化することはない。
過去の内容は、過不足なく成り立っている。成り立たなければ学問ではない。未来についても、同じことが言える。
日本人が過去を幻、未来を夢にたとえるのは、考えとして成り立って


閲覧数2074 カテゴリ日記 コメント1 投稿日時2014/07/11 21:50
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2014年07月08日(火) 

‘あるべき姿’ は ‘今ある姿’ と同じではない。
‘あるべき姿’は頭の中の内容である。つまり、考え (非現実) である。
‘今ある姿’ は頭の外にある内容である。つまり、現実である。
現実の世界は過不足なく成り立っている。
非現実の世界も過不足なく成り立たせることができれば、それは価値あるものである。物事の判断基準として使えるから、理由の理解できる人間となることができるのである。

過不足なく成り立つ文章内容には矛盾がない。
文章があれば意味がある。意味が通らない文章には、矛盾がある。その矛盾をとりのぞけば、


閲覧数883 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2014/07/08 00:20
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