こんばんは。
母が通った掛川高女が、御殿だったそうです。
母は幼いころは竹の丸そばで育ち、高女の頃は自転車で(旧制掛川中学に通う弟を後ろに乗せて)中村(今の掛川市中)から通ってたものの、自転車のタイヤが手に入らなくなって...(ここからは母から聞いた記憶が曖昧ですが、下俣に住んだのではないかと)。
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本日は掛川城を訪れた小グループに御殿についての説明をしました。
現在の御殿は1854年の安政の地震の後に再建された建造物です。 実は国内では4ヶ所しか存在しない歴史的遺物で国の重要文化財に指定されています。
地方の御殿の役割は 1.城主の私邸である奥御殿 2.城主の公的な業務を遂行する公邸 3.諸役所と呼ばれた現在の市役所的業務 これらです。
明治になってからは女学校として使われてきました。 それが取り壊されることなく、残った唯一の方策だったと思います。
shinobiとしては誇りに思っていますし、好きです。 どこをとっても絵になります。
今日は午後から甲冑展示ケースの空気の入れ換えをしました。 室温=外気温は30.5℃で湿度42%、せっかく杉良太郎さんが寄贈して頂いた掛川城主の遺品は傷んでしまいます。
そこで湿度64%のケースの中の空気を入れ換えました。 まだまだ暑さは序の口ですから、十分にケアして行きたいと思います。
今日の御殿は風が通り抜けてさわやかでした。 子どもたちの散策も楽しそうです。
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