■バックナンバー
■RSSフィード
RSS 1.0 RSS 2.0 Atom 1.0
■このブログのURL
https://e-jan.kakegawa-net.jp/blog/blog.php?key=865265
2026年07月27日(月) 

先月、岐阜県の土岐市から中高年の団体が掛川城に来られました。

明智光秀は土岐一族の出身と聞いていたので、「いよいよ光秀の出番ですね」と投げかけました。

ところが彼らは明智光秀を自慢に思っていないようで、冷淡な返しで終わってしまいました。

 

明智家の御子孫「明智憲三郎氏」もこどもの頃は「裏切り者」扱いされていじめられたそうです。

終戦の頃までの教育では「信長絶対」で「家康はずるいヤツ」「光秀は逆賊の裏切り者」だったらしいです。

私もずっと明智光秀に対して良い印象は持っていませんでした。

 

定年になって歴史の勉強で、あちこち出掛けていくと光秀に対しての印象も変って来ました。

 

(西教寺)

こちらには光秀の奥方(熙子)のお墓があり、光秀の慰霊塔が隣りにあります。

熙子さんとのエピソードが素晴らしい!

 

私は光秀が生きていて欲しいという気持ちから「天海僧正」として家光の時代まで、徳川家を支えてきたという「噂」を信じていました。

何年か前の大河ドラマ「麒麟が来る」の最後はそれを匂わせる終わり方をしていました。

・・・まさかですよね!

でもそんなドラマをつくって欲しいです。

 

昨日の大河では光秀は捕らえられて秀吉と対面していますが、それはないでしょう。

殺されたとすると落ち武者狩りが妥当だと思います。

 

逃げ切れなくて切腹したという説もあります。

切腹したあと自分の首を切って土の中に埋め隠したなんて、すご~い話もあります。

 

 と言う事で遺体の検証はされていないので、お墓もありません。

 

 


閲覧数70 カテゴリ日記 コメント0 投稿日時2026/07/27 09:06
公開範囲外部公開
コメント(0)
  • 次項有コメントを送信
    閉じる
    名前 E-Mail
    URL:
■プロフィール
shinobiさん
[一言]
Encantado=nice to meet you
■この日はどんな日
ほかの[ 07月27日 ]のブログは、
■最近のファイル
■最近のコメント
■最近の書き込み