居合道の古流技に「介錯」があります。
相手の横に座し、静かに小さく刀を抜き
刀を腹に突き刺した刹那、
腰を落とすように、皮1枚残し首を切るのです。
表には出ない技ですが、四百年続いてます。
切腹作法が平然とあったと言う事です、
信じられない事です。
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今朝のブログの続きです。 北条氏重は落馬したのが原因で死去したようです。 その馬は銃殺されたようです。
それより、この事故でお供の方が殉死しています。 いちばん左の方です。 この戒名がすごい!
当時は主君が亡くなると側近が殉死するのが立派な武士と言われていたようです。
掛川城ではもう一人います。 江戸時代最初の城主だった松平定勝の長男、定吉です。 家康にとがめられたと勘違いして自害しました。 (松平定吉の墓:真如寺)
一緒に10人ほどの側近が切腹したそうです。 こちらは下俣南にある「遠江塚」です。 こちらに殉死者が祀られていますが、聞くところによると定吉の遺骨もここに葬られているそうです。
あさ「行ってらっしゃいませ」と見送った主人が殉死して帰ってくる、こんな悲しいことはありません。 決して立派な最期、名誉ある死に方ではないですよね。
そこで将軍家綱の時代に「殉死禁止令」ができて武家諸法度で発令されたそうです。 優秀な人材を失わないための措置だそうですけど、遅すぎますよね!
ちなみに明治天皇が崩御されて時に殉死した人がいます。 乃木希典です。
昭和になって敗戦の玉音放送を聞いて切腹した人がいる、という話を聞いたことがあります。 |