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2026年01月13日(火) 

大河ドラマ「豊臣兄弟」2回目を観ました。

 

この中で信長の「岩倉城攻め」が出て来ました。

織田信長による尾張統一の為の戦いですが、言わば同じ織田家内の内紛です。

 

この岩倉城の家老をしていたのが山内盛豊で山内一豊の父親です。

盛豊はここで敗れて山内一家は一時離散します。

 

一豊はそのあと妻の千代さんと知り合いますが、まだ流浪の若者でした。

信長は一豊にとって「父の仇敵」でしたが信長の戦い振りを隠れて観ていて心酔し、仕官を願いでるのです。

 

信長は足軽頭だった藤吉郎にその身を任せます。

 

今回の豊臣兄弟にはそんな場面は出ないと思いますが、重ね合わせていくとおもしろい展開になります。

 

仕官についてお千代さんの持参金(黄金10枚)のエピソードがありますが、これは江戸時代に新井白石によって創作されたもので事実ではありません。

お千代という名前もその時につけられたと言われます。


閲覧数82 カテゴリ日記 コメント4 投稿日時2026/01/13 09:21
公開範囲外部公開
コメント(4)
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  • 2026/01/13 20:14
    勉強になります。
    ありがとうございます!!
    次項有
  • 2026/01/13 21:29
    鉛筆shinobiさん
    > まーちゃさん
    私も歴史について話が出来る知人友人がいますので、受け売りですけどね!

    千代の内助の功は数々ありますが馬の話だけはつじつまが合わないと言う事を榛村元市長、小和田名誉教授も本の中で述べています。
    次項有
  • 2026/01/13 21:39
    minonさん
    不確かなことなのに、なぜお千代さんの内助の功だけ、有名なんでしょうね。
    たぶんあの時代、奥さんの内助の功は、けっこうあったのではと思いますが。
    次項有
  • 2026/01/14 18:27
    鉛筆shinobiさん
    > minonさん
    藤吉郎の奥さんの寧々さん、前田利家の奥さんのまつさんも皆さん内助の功ですよね!

    戦国時代の男は戦い一筋で、コントロールしてあげないとブレーキが効きませんよね!
    ヘタをすると死んでしまう可能性があるので参謀的な役割があったんでしょう。

    千代さんについては関ヶ原の戦い前の一連の手紙(密書)が、一豊及び家康にとって有利に動くことが出来た事があります。
    次項有
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