1181年、奈良の東大寺は平家の焼き討ちに遭い、消失しました。
その再建にあたり瓦を焼いたのが、ここ伊良湖にありました。

本来は掛川城城主のルーツを巡る旅でしたが、宿泊地のすぐ近くに「こんな場所がある」と案内人の弟に言われて見学に行きました。

昭和41年に発掘調査が行われて、その全貌が分ってきました。

山の斜面を利用した全長12mの窯が3基あったそうです。
詳細はこちらをご覧下さい。

何故、こんな遠く離れた土地に窯を造ったかというと、瓦を造るための良い土があったからだそうですが・・・

誰がそれを知っていたのでしょうか?
時代は1000年の昔で、SNSはなかったと思います。

そこが不思議でなりません。