お名前は存じ上げてました。
孤独死は悲しいことですが、最後までご自宅で過ごされたということでもあるので、ご本人は幸せだったかもしれません。いえ、幸せだったと思います。
一人暮らしの友人が、毎日遠くの子供から生存確認のLINEがあると笑ってましたが、そんな手段だけでも作っておいたら、もっと幸せだったかもしれませんね。
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掛川市いちばんの歴史家「関七郎さん」がお亡くなりになりました。 一人暮らしで近所に身内もいなかったので、誰も気がつかなかったようです。
こんな悲しい死に方はないだろうとショックを受けましたが、落ち着いて考えて見たら亡くなった本人はそんな事は分らないでしょう。
霧噴き井戸の横で立っている少年が関さんです。
昨年掛川城天守閣開門30周年記念の写真展を掛川城御殿で開催しましたが、当時の写真はすべて関さんからお借りしました。
その写真の説明をして頂くために、何度か掛川城に足を運んで下さいました。
天守閣が出来る前はここが市民憩いの場所、展望台だったという証拠写真です。 小和田哲男さんとの交流もありました。
そのむかし、今川氏真公が駿府の館を追われて掛川城に逃げ込むまでのルートを自らの足で山中を歩いて見つけたというすごい方です。
掛川古城を現在の形で世の中に紹介したとも言われています。
掛川城の歴史に関して右に出る人はいないと言うくらい、尊敬されていたので今後掛川市役所としても動きがあると思います。 そんな方が「孤独死」というのは何ということでしょう。 |