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本日は久しぶりに歴史の勉強に行ってきました。 テーマが「掛川藩の終焉」だったので特に興味がありました。
掛川藩を治めていた最後の城主と言えば「太田家」です。 1746年に太田資俊が掛川城に入封して以降、7代120年間にわたって掛川藩を治めていました。
太田家は江戸城を造ったと言う事で有名な太田道灌の由緒ある家系でした。 そのもっと昔は「ぬえ」を退治したと伝えられる源頼政まで遡ることが出来ます。
そんな太田家が大政奉還のとばっちりで千葉県松尾に移封する事になりました。 家臣団の移動は740世帯2173名の大移動です。 その辺りまではshinobiの私としては聞いていましたが、千葉に移ってからがたいへんだったという話が今日の講座でした。
私が今回期待していたのは、空っぽになった掛川藩の行政を誰がまとめたのかです。 城内には民間人が大勢無断で移り住んでしまったと聞いています。 掛川城天守丸は見る影もないほど崩壊してなられ落ちたようです。
私はその当時の様子が分るのかと思って期待していたのですが、その話はなかったです。 質問タイムもなかったので聞くことが出来ませんでした。
そこだけが残念です。
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