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俺から恋を取ってしまったら、何が残るんだ。 第30作『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』から 寅さんは江戸前の男です。落語の登場人物のように「見立て」が得意です。例えば、第19作『寅次郎夢枕』で、米倉斉加年さんふんする大学助教授・岡倉金之助を「夏の日のドブ板じゃねぇけどもな」とののしるシーンがあります。そっくり返っている「日向のドブ板」とは落語や講談で、「てんぐになること」の見立てです。 その言い回しのおかしさは、天才俳優・渥美清さんの持ち味であり、寅さんらしさでもあります。 さて、寅さんは、年がら年中 … [続きを読む] |
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お茶の新芽幼葉と遊ぶ。 ○一握り(100グラム位)の茶葉を摘みました。 ○ビニール袋に入れ1分間レンジでチンしました。 ○障子紙(和紙)に広げて冷まします。次に少し温かい位のホットプレートに紙ごと乗せて押さえたり揉んだり握ったりふくったりして茶葉と戯れます。 ○初めはグチャグチャだった茶葉がだんだん粘りが出てきます、団子のように丸めたり伸ばしたりしながら力を加えて中の水分を押し出しながらゆっくり乾わかします。……こうするつもりでしたが握力のない私は思ったようにできません。 ○仕方ないので紙に包んだ茶葉を尻に敷きました。案外これが上手くい … [続きを読む] |
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そりゃこっちが惚れてる分、 向こうもこっちに惚れてくれりゃ、 世の中に失恋なんてのは、なくなっちゃうからな。 第29作『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』から 確かにその通りです。こと色恋のことに関して言えば、寅さんはオーソリティーであります。この後「そうはいかないもんな」と経験者の実感をしみじみ話してくれます。 これは、第29作『寅次郎あじさいの恋』で、想い人が結婚することになり、失恋してしまったマドンナ、かがり(いしだあゆみ)を励ますときのことばです。 二人が出会ったのは、京都は五条坂に … [続きを読む] |
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うかつにもこの歳になって初めて気が付いたが、 今までどれだけおまえ達の犠牲の上に俺は生きてきたか。 第28作『男はつらいよ 寅次郎紙風船』から 「旅先の明け暮れに、この悪い頭でいろいろ考えることがあってな」と前置きした上での寅さんの反省の弁です。この後「さくらにとってはやくざな兄貴、この車家にとっては、大きな恥」と続きます。第28作『寅次郎紙風船』の茶の間のシーンです。それにはこんな理由がありました。 福岡県朝倉市の秋月という美しい名前の土地で、テキ屋仲間が、病にふせっていると聞いた寅さん … [続きを読む] |
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忘れるってのは本当にいいことだな。 第27作『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』から 寅さんは江戸っ子です。苦手のものは関西弁と薄味の料理です。その寅さんが、大阪は通天閣の近く、新世界に、長逗留(とうりゅう)したことがあります。寅さんとディープな大阪、一見似つかわしくない組み合わせですが、その理由は、美しい女性に恋をしたから、ということであれば話は別です。 松坂慶子さんが、北の新地に咲いた美しい浪花芸者・浜田ふみを演じた第27作『浪花の恋の寅次郎』は、味わい深い、しっとりとした大人の恋の物語です。 … [続きを読む] |
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おまえ今、なんでも欲しいものやるって言ったら、何が欲しい? 第26作『男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』から さくらと博夫婦が結婚したのが、1969年のこと、以来、二人の住まいは、とらやにも近い、柴又四丁目のアパートでした。柴又駅から京成線の線路を高砂方向に五分ほど歩いた辺りにあったアパートで撮影が行われていました。 アパート名は変わりますが、第5作『望郷篇』から第25作『寅次郎ハイビスカスの花』まで、ほぼ同じ場所で撮影されていました。 さくらの部屋には電話もなく、いつも呼び出しでした。さくらは、得意の洋 … [続きを読む] |
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俺はおめえ、リリーの夢を見てたのよ。 第25作『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』から 浅丘ルリ子さんふんする放浪の歌姫・リリーの本名は松岡清子。その三度目の出演となった、第25作『寅次郎ハイビスカスの花』は、1980年の夏に公開されました、巡業に出かけた沖縄で倒れ入院したリリーのために、苦手な飛行機に乗って飛んでいった寅さん。その気持ちがうれしくて、最高の笑顔を見せるリリー。 第11作『寅次郎忘れな草』の網走での出会い。第15作『寅次郎相合い傘』での函館での再会。根無し草の二人は、お互いの悲しみを共有でき … [続きを読む] |
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よお、備後屋(びんごや)、相変わらずバカか? 『男はつらいよ』各作から 寅さんは柴又に帰ってくると、参道を歩く備後屋さんに「よぉ、相変わらずバカか」と声をかけます。いきなり相手にそんなことを言うのは失礼ですが、幼い頃よりお互いを知っている親しみと気安さからということは、よくわかります。 その備後屋さんを演じたのは、装飾・小道具スタッフである露木幸次さん。役者さんではありません。持ち前の明るいキャラクターで、現場を和ませてきた、名物スタッフの一人です。 露木さんが、二代目・備後屋を襲名したの … [続きを読む] |
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渡り鳥の北帰行もそろそろ終わる頃だろうか。去ってはまた来(きた)る鳥を見守る日本人の心のやさしさに触れた噺(はなし)がある。落語には珍しく水戸黄門が登場する「雁風呂(がんぶろ)」だ。 身分を隠してお忍びの旅を続ける黄門公。東海道は遠州掛川宿に近い茶店で休憩をとる。奥の小上がりの座敷に通された黄門公は、場所柄少し不似合いな屏風(びょうぶ)に目をとめた。 狩野派の高名な絵師の筆に間違いはないが、黄門公が不思議に思ったのはその図柄。 浜辺の松に雁とは妙じゃ。雁ならば月、あるいは水辺の蘆(あし)との取り合わせが定石だ。松ならば鶴であ … [続きを読む] |
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〈特別篇〉寅さんの“家族の”ことば・御前様のことば 仏様は愚者を愛しておられます。 もしかしたら、私のような中途半端な坊主より 寅の方をお好きじゃないかと、そう思うことがありますよ。 第39作『男はつらいよ 寅次郎物語』から 第1作で寅さんが20年ぶりに柴又に帰ってきたのが、帝釈天の宵庚申の縁日です。おいちゃん、おばちゃん、さくらより前に、寅さんが帰還を報告するのが、御前様こと題経寺の住職・坪内日奏(笠智衆)でした。 寅さんが、父・車平造と柴又芸者お菊との間に生まれてほどなく、お菊が関西に … [続きを読む] |
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