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いいじゃん掛川編集局さんからメールをいただきました … [続きを読む] |
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第五章 身体への意識 特技は寝ること 私にはひとつ、特技がある。それはどこでも寝られることである。 少しでも時間が空いたら、極力寝るように心がけていた。例えば、移動中の新幹線や飛行機の中ではすぐに眠ることができた。これがプロ野球選手として有利に働いたと思っている。 プロ野球選手は移動が多い。ヤクルトでは東京から広島に移動してからナイターで試合がある時がある。移動ゲームと呼ばれるのだが、これが思ったよりも身体にこたえる。新幹線で東京から広島まで4時間かかる。その後に練習して、試合に臨む。もちろん、それで終わりではない。次の日 … [続きを読む] |
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第五章 身体への意識 身体の小ささをバネに 初めて野球チームに入ったのは小学三年生の頃だった。近所の同級生たちと地元の少年野球チームに入った。巨人の大フアンだった父親の影響もあった。小学六年生になると、父親が自分のチームの監督となった。父親は、練習では当然のように真っ先に私を叱った。 私には、悩みがあった。身体が小さく中学校に入学した時の身長が147センチ。小学校時代は投手を務めていたのだが、身体の小ささを理由に、中学では内野手に転向させられた。 私は、少しでも身長を高くしたいという思いから毎日ほぼ欠かさず1リットルの牛乳 … [続きを読む] |
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第四章 攻める意識 バンドの極意 誤解を恐れないで書けば、バンドは嫌いだった。日本一になった2001年にシーズン67犠打のプロ野球記録をマークしたが、打者として誇れる数字ではないと思っている。 試合終盤の大事な場面は別にして、バンドのサインを出されるというのは、やはりベンチから信用されていないということだ。ベンチから信頼されていれば、送りバンドではなくヒッティングのサインが出る。だから、早くベンチから「打て」のサインが出るようになりたいと思いながらプレーしていた。 高校時代から二番を打っていて、バント自体はプロ入り当初から … [続きを読む] |
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第四章 投手との情報戦を制す 投手のわずかな癖から、球種を見抜けることがある。そこはコーチ、スコアラー陣の腕の見せ所である。試合の映像を何度も見直し、攻略の糸口を探している。 ID(インポータント・データ)野球と呼ばれた1990年代は、チームとして徹底していた。1995年に広島で15勝を上げたロビンソン・チェコは、グラブの中でボールを握った時の腕の角度で球種を見分けることができた。チェコがヤクルト戦を苦手にしていたのには、理由があったのだ。 広島といえば、同年に14勝を上げて新人王に輝いた山内泰幸にも、本人が気づいていない癖 … [続きを読む] |
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第四章 攻める意識 苦手だった投手、得意だった投手 19年間の現役生活で最も苦手だった投手を一人挙げろと言われれば、意外な選手の名を挙げたい。中日の鈴木義広は、顔も見るのが嫌なほど苦手だった。身長188センチと大柄で、横から変則的に投げる右投手なのだが、17打数で1安打しか打つことができなかった。 基本的にサイドスローとアンダースローはあまり好きではなかった。こうやって打てば対処できるのではないかというのがやっと分かったのが、現役を引退する三、四年前のことだった。その答えは、その場でトスバッティングをする意識で打つこと。タ … [続きを読む] |
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